『日本文学』第65巻第9号(2016年9月号)

・岸川俊太郎「一九二〇年代における日本文学の国際的位置─谷崎潤一郎のフランス語訳作品を通して─」

 




『中央公論』2016年10月号

特集:谷崎潤一郎「創作ノート」を読み解く

・平野 啓一郎「傑作群の底に流れていたもの」

・〈対談〉綿矢りさ×千葉俊二「現実とフィクションのあいだ 文豪の頭の中を覗き込む」 

 




『神奈川近代文学館年報』2015年(平成27年)度

・千葉俊二「「没後五〇年 谷崎潤一郎展─絢爛たる世界─」の周辺──谷崎潤一郎、水野鋭三郎宛未発表書簡二通の紹介を含む」

 




『日本近代文学』第94集

・佐藤未央子「谷崎潤一郎「肉塊」と映画の存在論─水族館-人魚幻想、〈見交わし〉の惑溺─」

 

[要旨]映画監督の小野田吉之助が作中で撮る映画「人魚」の機能と吉之助また女優グランドレンの動向の相関性に着目。観客を没入させる一方で見る主体と対象との間に隔たりがある装置として水族館と映画館は類似する。「人魚」のプリンスと人魚が隔絶を越えて結ばれたように、吉之助もグランドレンとの交情に惑溺、映画と現実を混同したうえブルー・フィルムを製作する。映像の視覚美に加え、フィルムへの触覚的な接し方も人魚の比喩を用いて表された。映画的な視覚性を持ちつつ肉体を持つ人魚が泳ぐ水族館は物語の象徴として機能した。「人魚」は本作のプロットを方向づけており、人魚は映画的存在として位置づけられる。本作は「見る」ことの誘惑から、触覚、嗅覚を刺激する〈肉塊〉の歓楽に達する動態を映画の存在論に沿って描いた作品であると論じた。【佐藤未央子】

 




『日本文学』第65巻第5号(2016年5月号)

〈読む〉
・西野厚志「韻文と散文の間─「細雪」下巻三十七章を読む─」
 



『玉藻』第50号(フェリス女学院大学国文学会)

・鈴木茉里奈「谷崎潤一郎『卍(まんじ)』論 ─柿内夫人の語りの位相─ 」

 




『慶應義塾大学言語文化研究所紀要』47号

・大野晃彦「谷崎潤一郎『卍(まんじ)』における一人称の語りの機能と自由間接話法」

 




『Intelligence』第16号(20世紀メディア研究所)

・福岡大祐「追放された「スパイ」 ― 第一次世界大戦における独墺人強制追放と谷崎潤一郎「独探」─」

 




『文芸研究』(明治大学文学部紀要)第129号

・清水勇樹「「私的歴史」の探求—谷崎潤一郎『吉野葛』における遊歩者的想像力—」

 




『文芸研究』(明治大学文学部紀要)第129号

・清水勇樹「「私的歴史」の探求—谷崎潤一郎『吉野葛』における遊歩者的想像力—」

 




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