第21回谷崎潤一郎研究会のお知らせ

第21回谷崎潤一郎研究会を以下の内容で開催します。
[日 時]2017年3月26日(日) 13:00〜17:30(開場12:30)
[会 場]愛知淑徳大学 星ヶ丘キャンパス  1号館2階 12A教室
〒464-8671 名古屋市千種区桜が丘23
〈アクセス〉市営地下鉄東山線「星ヶ丘」下車 3番出口から徒歩3分
http://www.aasa.ac.jp/guidance/campus_guide/map.html

 

[プログラム]
□研究発表(13:00〜17:00)
*司会:佐藤淳一
小林珠子「谷崎潤一郎『細雪』論―鶴子を視座として―」
平田桂子「『春琴抄』のカラクリ2―解釈を促す装置としてのテクスト」
市川元昭「谷崎文学出発期の文体論」
福田博則「「卍」―女学生言葉の使用と人物像の変遷について」

 

□総会(17:00〜17:30)

(※発表要旨・内容は次ページに掲載)

[発表要旨・内容]
□研究発表
◆小林珠子「谷崎潤一郎『細雪』論―鶴子を視座として―」
『細雪』は雪子の結婚問題と妙子の恋愛問題を中心に話が展開していく。先行研究においても、雪子、妙子に焦点をおいたものや二人と共に分家で暮らす幸子に言及するものが大半を占めている。しかし蒔岡家にはもう一人娘がいる。本家を継いだ長姉鶴子だ。分家に暮らす妹たちと比較したとき、本作における鶴子の影は薄い。もちろん谷崎自身が「大体三人の姉妹を主人公にするつもりであった」(「「細雪」瑣談)と述べるように、主人公と想定されていない鶴子の印象が薄く感じられるのは当然である。
だが、鶴子には妹たちとは異なる特徴がある。それは母親としての役割が色濃いことである。鶴子は早世した母に代わり父や妹たちの世話をし、結婚後は六人の子どもを産み育てている。幸子にも娘が一人いるが、「病気の看護に限らず、総て子供をしつけることには甚だ不向き」(上巻・六)な人物として描かれている。また、作中で妊娠するものの流産してしまう。妙子もまた妊娠するが死産に終る。未婚である雪子は妊娠も出産も経験することはない。そして、妊娠、出産、育児から縁遠い妹たち(特に雪子と妙子)は、血の繋がった姉妹であるにも関らず、なぜか鶴子を避ける傾向にある。本発表では、作中での影が薄く、先行研究でも触れられることの少なかった鶴子に注目したい。そして、『細雪』の物語が進行する昭和11年から昭和16年という時代状況を踏まえ、本作における鶴子の役割と鶴子を避ける妹たちが意味するものについて考察したい。(愛知淑徳大学常勤講師)

 

◆平田桂子「『春琴抄』のカラクリ2―解釈を促す装置としてのテクスト」
谷崎潤一郎の『春琴抄』は川端康成や正宗白鳥が絶賛したように「名作」「傑作」との呼び名高く、谷崎作品の中でも有数の完成度を誇っている。しかし、現時点での作品の読みは一定しておらず、周知のように春琴に熱湯をかけたのは誰かという探索が行われ、『春琴抄』は犯人探しの推理小説的観を呈してきた。物語の構造という側面から春琴に熱湯をかけた犯人を限定する読みは決して有効的ではないと論じ、犯人探しを不毛な議論であると断定した前田論を皮切りに、犯人探しをめぐる言説は下火になっていったきらいがある。
仮に前田論によって『春琴抄』研究にひとつの区切りが与えられたとするのなら、この論考によって提出されたのは犯人を確定する思考自体の拒否であった。しかし、犯人を分からないとする前に、なぜ分からないのか、このテクストが分からないとはどういうことなのかを考えることが、私達にはまず必要とされるのではないだろうか。
本発表は、いわゆる「作品論」として『春琴抄』に新たな「読み」を付け加えることではなく、なぜ犯人探しのような「読み」が形成されるのかという懐疑に赴き、そのような「読み」が形成されていく原因を、『春琴抄』というテクストそれ自体に求めていこうとするものである。あるいは今『春琴抄』研究が陥っている「犯人探しは無意味である」とするニヒリスティックな状況が何に由来するのかを考えることで、『春琴抄』というテクストの本質を明らかにしていこうとするものである。(復旦大学PHD)

 

◆市川元昭「谷崎文学出発期の文体論」
谷崎文学出発期を飾る「刺青」「少年」「幇間」の各作品を形成する、ことばの様相を分析することを試みる。林四郎(1972),飯田晴巳(1978),中村明(1992),千葉俊二(1994)の各論考において述べられた,潤一郎の文章そのものの形,人物の描写,一種の話体のもたらす表現効果の,各作品を貫く不変性と作品ごとの変容性を,より具体的語学的角度から分析して行くことを目的とした。
作家によって展開された文章が作品世界を構築して行くにあたって,その作家の持つ言語感覚が、物語の聞き手(読み手)に,ある異質性として働きかける要素があると考える。それを、以下の10項目から解析して行くことを考えた。1.事態(表そうとするコト)への態度,2.聞き手(読み手)への態度(語り方−意図),3.語選択,4.日本語文の美の具現,5.表記,6.漢語と和語,7連用・連体,8.文の構造,9.接続語句の使用,10.主人公の内面の表現。
潤一郎のことばの質をめぐっては,前田久徳(2002)の「写実の筆致に長けた谷崎のことば」は,「主人公の内面世界を作品内に出現させることができず,その感覚を外側から描いてしまう」という意見がある。が,「写実の筆致」に裏打ちされた、対象の描写の詳悉さ,比喩,連用・連体修飾などの表現こそが,主人公の感応に自らの感覚を重ねる,潤一郎一流の女性美の描写手段であること,そして,それらの表現と作品内容との関連を指摘し,作品の文章全体が読み手に訴えかける力を発揮しているものと結論付けたい。今後,潤一郎の作品を追い,その言語感覚をまとめて行くことを通じて,「日本語の美」の探究へと繋げたい。(千駄ヶ谷日本語教育研究所非常勤講師)

 

◆福田博則「「卍」―女学生言葉の使用と人物像の変遷について」
「卍」は『改造』に1927(昭和3年)年3月号から1929(昭和5年)年4月号に渡って断続的に発表された。この作品は雑誌連載の当初は柿内園子という人物による「標準語」の語りの形式で書かれていた。しかし連載3回目に当たる1927(昭和3)年5月号から会話文の中に関西弁風の言葉が使用されるようになり、柿内園子の語る「標準語」との混在が見受けられるようになる。連載7回目の1927(昭和3)年9月号からは、柿内園子の語る部分にも関西弁風の言葉が混ざるようになり、連載終結後に改造社から発行された1930(昭和6年)年4月の単行本では全ての言葉が関西弁風のものに直されている。この単行本の「緒言」で谷崎は「作者は元来東京の生まれなれども、居を摂州岡本の里に定めて茲に歳有り 、関西婦人の口唇より出づる上方言葉の甘美と流麗とに魅せらるること久しく、試みに会話も地の文も大阪弁を以て一貫したる物語を成さんと欲し乃ち方言の顧問として大阪府立女子専門学校出身の助手二名を雇ひ、一年有余を費して此を完結す。」と述べて、あたかも会話も地の文も関西弁で書くことを目的としていたように述べている。しかし事実は上記の通りで、「標準語」から関西弁風の言葉に至るまでの過渡期が存在している。
この、当初標準語で書かれた部分については、特徴的な「女学生ことば」というものが使用されている。この「女学生ことば」は、「セクシュアリティ」の表現方法として発展した点があるとされ、大正時代に数多く発表された女性同士の恋愛小説の中にもこの言葉が多く使 用されている。
「卍」は女性同士の恋愛を描いた小説でもある。それを象徴するように、連載当初は語り手である柿内園子の使う言葉にこの「女学生ことば」が多用されていた。ところが、ある次期から、標準語の「語り」の中からこの「女学生ことば」が排除されるようになる。それとともに、語り手である柿内園子という人物の性質や、ヒロインである徳光光子の人物像に変化が見られるように窺える。
本発表では、この「女学生ことば」に注目して、「卍」における登場人物像の変化と、「卍」で谷崎が当初に目指していたものについて考えていきたい。そして「卍」という作品に対して、新しい評価の視点を加えることを一つの目的としたい。(愛知県立津島東高等学校教諭)




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